Archive for the ‘Astronomy’ category
ref. OrbView *WebGL版、マウスでぐるぐる回せます
これは、2014年に月の軌道よりも内側を通過した小惑星 36 35 個を全てプロットしたものです。
赤いラインはアポロ群と呼ばれる小惑星群。地球の軌道と交差し、軌道の大半が地球の外側にあるものです。黄色いラインはアテン群。地球の軌道と交差し、軌道の大半が地球の内側にあるもの。そして緑のラインはアモール群。地球の軌道とは交差しないものの地球の軌道に外接しているものです。この3つの小惑星群はNear Earth Object/NEO(地球接近天体、あるいは地球近傍天体)と呼ばれ、地球への衝突のリスクがある天体群として監視の対象になっています。
これらの小惑星は地球に非常に近づくため、接近の前後で軌道が大きく変化しています。ここで表示されているのは接近後の軌道であることに注意してください。
データ元のNASA Near-Earth Object ProgramのWebサイトからテーブルを一部転載しましょう。
Object | Close-Approach (CA) Date | CA Distance Nominal (LD/AU) |
CA Distance Minimum (LD/AU) |
V relative (km/s) |
H (mag) |
(2014 AF5) | 2014-Jan-01 16:13 ± < 00:01 | 0.3/0.0006 | 0.2/0.0006 | 14.62 | 28.8 |
(2014 AA) | 2014-Jan-02 02:33 ± 02:13 | >0.02/0.00004 | >0.02/0.00004 | 36.62 | 30.9 |
(2014 AG51) | 2014-Jan-09 07:54 ± < 00:01 | 0.3/0.0009 | 0.3/0.0009 | 15.04 | 29.9 |
(2014 AK51) | 2014-Jan-08 09:09 ± < 00:01 | 1.0/0.0025 | 1.0/0.0025 | 9.28 | 26.6 |
(2014 AW32) | 2014-Jan-10 21:40 ± < 00:01 | 0.5/0.0012 | 0.5/0.0012 | 12.37 | 27.5 |
(2014 DK10) | 2014-Feb-21 11:27 ± < 00:01 | 0.7/0.0017 | 0.7/0.0017 | 12.02 | 27.7 |
(2014 DX110) | 2014-Mar-05 21:00 ± < 00:01 | 0.9/0.0023 | 0.9/0.0023 | 14.85 | 25.7 |
(2014 EC) | 2014-Mar-06 21:18 ± < 00:01 | 0.2/0.0004 | 0.2/0.0004 | 16.01 | 28.2 |
(2014 EF) | 2014-Mar-06 03:20 ± < 00:01 | 0.4/0.0011 | 0.4/0.0011 | 15.09 | 28.9 |
(2014 EX24) | 2014-Mar-09 14:35 ± 00:02 | 0.7/0.0018 | 0.7/0.0018 | 16.20 | 28.6 |
(2014 FT37) | 2014-Mar-29 19:45 ± < 00:01 | 1.0/0.0026 | 1.0/0.0026 | 7.51 | 27.6 |
(2014 GY44) | 2014-Mar-30 00:28 ± 00:01 | 0.4/0.0011 | 0.4/0.0011 | 12.50 | 25.4 |
(2014 GC49) | 2014-Apr-03 02:59 ± 00:02 | 0.3/0.0008 | 0.3/0.0008 | 17.08 | 28.6 |
(2014 HL129) | 2014-May-03 08:14 ± < 00:01 | 0.8/0.0020 | 0.8/0.0019 | 6.37 | 28.3 |
(2014 JG55) | 2014-May-10 20:18 ± < 00:01 | 0.3/0.0007 | 0.3/0.0007 | 10.47 | 29.2 |
(2014 JR24) | 2014-May-07 10:45 ± < 00:01 | 0.3/0.0007 | 0.3/0.0007 | 4.63 | 29.3 |
(2014 KC45) | 2014-May-28 08:10 ± < 00:01 | 0.2/0.0006 | 0.2/0.0006 | 9.42 | 29.3 |
(2014 KW76) | 2014-May-26 23:29 ± < 00:01 | 0.9/0.0023 | 0.9/0.0023 | 15.13 | 27.9 |
(2014 LN17) | 2014-Jun-03 12:56 ± 00:02 | 0.6/0.0014 | 0.5/0.0014 | 24.68 | 27.0 |
(2014 LY21) | 2014-Jun-03 22:27 ± 1_18:48 | 0.04/0.00011 | 0.02/0.00006 | 11.25 | 29.1 |
(2014 MH6) | 2014-Jun-22 14:05 ± < 00:01 | 0.6/0.0017 | 0.6/0.0016 | 16.21 | 27.1 |
(2014 OM207) | 2014-Jul-25 06:39 ± < 00:01 | 0.7/0.0018 | 0.7/0.0018 | 8.44 | 29.1 |
(2014 OP2) | 2014-Jul-24 08:35 ± < 00:01 | 0.5/0.0013 | 0.5/0.0013 | 11.67 | 29.1 |
(2014 RA) | 2014-Aug-31 23:48 ± < 00:01 | 0.1/0.0004 | 0.1/0.0004 | 13.25 | 28.9 |
(2014 RC) | 2014-Sep-07 18:02 ± < 00:01 | 0.1/0.0003 | 0.1/0.0003 | 10.95 | 26.8 |
(2014 SG1) | 2014-Sep-20 14:48 ± < 00:01 | 0.2/0.0005 | 0.2/0.0005 | 13.88 | 29.1 |
(2014 TL) | 2014-Oct-01 15:59 ± < 00:01 | 0.3/0.0007 | 0.3/0.0007 | 11.13 | 27.7 |
(2014 UF56) | 2014-Oct-27 21:22 ± < 00:01 | 0.4/0.0011 | 0.4/0.0011 | 12.07 | 27.4 |
(2014 UU56) | 2014-Oct-19 11:02 ± 00:04 | 0.7/0.0017 | 0.7/0.0017 | 8.39 | 28.3 |
(2014 WE6) | 2014-Nov-13 18:06 ± < 00:01 | 0.6/0.0015 | 0.6/0.0015 | 4.79 | 30.3 |
(2014 WJ6) | 2014-Nov-15 16:12 ± < 00:01 | 0.9/0.0022 | 0.9/0.0022 | 14.64 | 27.1 |
(2014 WX202) | 2014-Dec-07 20:09 ± < 00:01 | 1.0/0.0025 | 1.0/0.0025 | 1.67 | 29.6 |
(2014 XX39) | 2014-Dec-03 06:56 ± 02:33 | 0.02/0.00004 | 0.02/0.00004 | 11.91 | 26.6 |
(2014 YR14) | 2014-Dec-26 09:52 ± < 00:01 | 0.9/0.0023 | 0.9/0.0023 | 15.12 | 26.1 |
ref. NEO Earth Close Approaches/NASA Near-Earth Object Program(Public Domain)
CA Distanceが0.02LD/0.00004AUより小さい小惑星が2つありますが、これは最接近距離が地球半径より小さい、つまり地球に衝突したことを意味します(ただ、2014 XX39については国際天文学連合Miner Planet Centerのデータでは0.000154AUの所を通過したことになっています)。
もちろんここにリストアップされたのは見つかったものだけです。誰にも知られずに通過したものもあるでしょうし、あるいは誰にも知られずに衝突したものもあるかもしれません。なにしろ地球の7割は海ですし、人の住んでいない場所も沢山ありますからね。
さて、1年で30個超ということは、月軌道の内側に入ってくるような小惑星が少なくとも1ヶ月に2-3個は見つかっていることになります。小惑星の地球への接近というのは決して珍しい現象ではないんです。でも、毎回小惑星が近づくたびに大きく取り上げるメディアがあまり騒がないのはなぜでしょうか?実は、これらの小惑星の多くが通りすぎた後に見つかっています。また、事前に見つかったものでも、発見から最接近まで24時間を切るものが少なくありません。小型の小惑星は暗く、かなり接近しないと見つけられないんです。
通り過ぎた後に見つけても意味が無いじゃないか!と思う向きもあるかもしれませんが、さにあらず。先にも書いたように、こうした小惑星は地球など太陽系を回る惑星の重力の影響を受けて軌道を変化させます。今回はニアミスですみましたが、もしかしたら次は、あるいは次の次は衝突コースに乗っているかもしれません。たとえ通り過ぎた後でも小惑星を発見し、その軌道を精密に測定することはとても重要です。
では、地球に衝突しそうな小惑星を見つけたらどうするのか?結論から言えば、今できるのは屋内退避か避難だけです。小惑星の軌道を逸らせたり破壊したりする技術は様々な方法が提案されていますが、まだ現実的ではありません。将来的にそういった技術で積極的な対応を行うにしても、退避や避難という手段を取るにしても、小惑星を少しでも早く見つけ、正確な軌道と大きさを測ることが必要になります。
近年では、こうした小惑星を見つけるための専用の天文台や地球軌道上から観測する宇宙望遠鏡も設置され、かなり発見数が増えました。また、より発見率を高めるために、太陽を周回する軌道や、地球-太陽の重力が均衡する点(ラグランジュ点)に小惑星観測用の宇宙望遠鏡を設置しようという、Sentinel MissionやNEOCamといった計画も提案されています。
地球に接近する小惑星の危険性が認識されるようになったのは90年台の半ば頃。さらにそうした小惑星を監視追跡する世界的なネットワークが構築され始めたのはごくごく最近のことです。気候変動の問題もそうですが、私たちは21世紀に入ってようやく人類共通の課題に取り組む能力と機会を得たのかもしれませんね。
追記: 幻の小惑星2014 XX39
上のリストに掲載されている 2014 XX39 は現在はMiner Planet Center、NASA/JPLのいずれのカタログからも削除されています。どうやらこれは、2014年12月3日に打ち上げられた「はやぶさ2」か、あるいは「はやぶさ2」を惑星間軌道に投入したH-IIAの第3段ではないかとのことです。
天文学者の阿部新助(阿部新之助)先生が、削除されたJPL Small Body Browserの2014 XX39のページの画面キャプチャをTwitterでツイートされていました。
Hayabusa2をハワイのパンスターズ・サーベイ望遠鏡が観測.近地球小惑星と誤認されて報告,新しい小惑星「2014 XX39」として誤登録された.イオンエンジン噴射開始後この小惑星はケプラー軌道から逸脱するマカフシ天体となる. pic.twitter.com/8Bjlpv5pC5
— Abe S. 阿部新之助 (@AvellSky) January 8, 2015
これを見ると、観測されたのは12月6日から7日にかけてです。上のリストを見ると、地球への最接近日(衝突日)は12月3日、つまり発見より前に衝突している、ということになります。もちろんこんなことはありえません。考えられるのは、これが地球から分離した天体、つまり人工物だということです。12月3日に地球を離れた人工物は、はやぶさ2と3機の相乗り衛星、そしてH-IIAの第2段だけです。
明るさから考えて相乗り衛星ではありません。考えられるのは、探査機本体かH-IIAの第2段ですが…
@AvellSky 打ち上げ後,探査機の姿勢は変わっていないので,「短時間で光度変化するのはおかしい」.つまり,この人工物体は,はやぶさ2ではなく,H-IIA二段目の可能性が高い.あとは,位置情報があれば,確定するはず.
— Abe S. 阿部新之助 (@AvellSky) January 9, 2015
明るさが短時間で変化するのは、その天体がいびつな形をしていて、しかも回転している場合です。制御をされなくなった人工衛星などではよく見られる現象ですね。はやぶさ2は太陽電池を太陽に向けた姿勢を取っているはずなので光度はさほど大きく変化はしないはず。というわけで、どうやら2014 XX39の正体は「H-IIAの第2段」の可能性が高そうです。
Referance
2012年6月5日、アメリカ国家偵察局がNASAに2機分の監視衛星のスペアをNASAに供与するというニュースが流れてきました。これは4日付けのWashinton PostとNewYork Timesが報じたもので、これを受けてNASAが記者会見を開いたようです。
2紙の記事、およびNASA WatchのTwitterアカウント @NASAWatchでの記者会見の内容をざっくりまとめるとこんな感じ。
- アメリカ国家偵察局がNASAに2機分の監視衛星のスペアを供与
- 供与されるのは主鏡と副鏡、鏡筒、ラジエーターなど
- カメラなどの観測機器、ソーラーパネルや姿勢制御装置などは含まれていない
- 主鏡直径2.4-meter、ハッブル宇宙望遠鏡の100倍の視野
- 主鏡はハッブルより軽く、焦点距離はより短い。全体の大きさはハッブルの半分
- 現在は製造された工場に保管されている
- 現時点ではNASAではこの件についてはまだ予算化されてない
- 打ち上げにはアトラスVやファルコン9のような大きなフェアリングを持った打ち上げ機が必要
- 望遠鏡と通信するための地上施設も必要
- 計画中のWide Field Infrared Survey Telescope: WFIRSTに使えるかもしれない
WFIRSTは2024年に打ち上げが計画されているダークエナジーや系外惑星の観測を目的とした広視野宇宙望遠鏡。全米評議会(United States National Research Council)で次の10年のトッププライオリティプロジェクトに選出されています。もしこのNROから供与された望遠鏡が使えればもっと早く観測に入れるかもしれないとのこと。
どうやら、この件は2012年6月4-7の日程で行われているNational Academyの天文学・宇宙物理学の委員会で公表されたもののようです。
ref. BPA: Board on Physics and Astronomy
ページ最下段からリンクされた資料のうち “New Developments in Astronomy and Astrophysics”と”Implication of New Developments for the Astronomy and Astrophysics Decadal Survey”が当該プロジェクト関連の資料ですね。
後者の資料中に機体と思しき写真が公開されています。機密が解除されたという割にはあちこち黒塗りですが、確かにハッブルに似た、より全長の短い機体が写っています。
識者によれば、おそらくこれはKH-11 Kennan のものだろうとのこと。KH-11は70年代に開発されたキーホールシリーズの一つ、センチメートルオーダーの解像度を持つといわれるスパイ衛星です。
さて、ここからは筆者の推測です(鵜呑みにしちゃダメですよ)。
最大の問題は予算ですね。この緊縮財政のおり、開発費が押さえられるとはいえもう一機宇宙望遠鏡を飛ばすとなるとそれなりの予算が必要です。打ち上げ費用も必要ですし、運用体制も整えなければなりません。供与されるのは筐体と鏡だけですから、使えるものにするためにはさらに開発が必要です。そんな予算どこにあるの?というお話。
WFIRSTプロジェクトで使えるかもという話ですが、WFIRSTは全米研究評議会でトッププライオリティに上げられているとはいえ、当然まだ開発については予算化はされていません。鏡もらったから作るね、とはいかないはずです。
NASAはジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)の打ち上げを2018年に予定しています。宇宙科学系の予算がかなりそっちに割かれていることを考えると、新たにもう一つ宇宙望遠鏡を上げるというのは予算面での風当たりも強そうです。スケジュールが伸びに伸びてキャンセルの瀬戸際までいってようやく復活したJWSTの予算が切られるなんてことにならないといいんですが…
ちなみに、今回供与された望遠鏡は、広視野の可視光/近赤外線望遠鏡です。サーベイ観測とよばれる広い範囲を観測して面白そうな天体を見つけたり、たくさんの天体をいっぺんに観測して統計的なデータを取ったりといった分野で威力を発揮するはず。その意味では口径の大きな高分解能の望遠鏡で狭い領域を詳しく観測することを目指すJWSTとは相補的な関係です。必ずしもどちらかがあれば、どちらかはいらない、という類のものではないはず。
もう一つの問題は、これがまだ議会の承認を得ていないということ。NASAは国家機関ですから議会の承認なしでは動けません。あげるといわれて、じゃあもらいます、とはいかないはず。宇宙開発に予算を割くことに反対する立場から見れば、議会の承認も得ずに何勝手なことをやってるんだ、というところでしょう。まだ黒塗りの画像が上がってくるところを見ても、安全保障上の問題が全てクリアにはなっていないような印象を受けます。どう転ぶにしてもあちこちに波紋を呼びそうですね。
Referance
- BPA: Board on Physics and Astronomy
- NASA gets two military spy telescopes for astronomy – The Washington Post
- Ex-Spy Telescope May Become a Space Investigator – NYTimes.com
- NRO Gives NASA Two Hubble-Class Telescopes (Shh!) – NASA Watch
- アメリカ国家偵察局(NRO)がNASAに2機の宇宙望遠鏡のスペアを供与 – Togetter
- WFIRST – NASA
- KH-11 Kennan – Wikipedia, the free encyclopedia
- NASA – NASA Declassification Management Program
日食の話をしましょう。2012年5月21日に日本全国で金環日食が見られます。国内で見られる日食としては2009年以来約3年ぶり、これほど広い範囲で見られるのは数百年ぶりの機会です。どこでどんなふうに見られるか、どうやってみたらいいのかについてはあちこちに沢山解説があるのでそちらに譲ります。
ref. 2012年5月21日 金環日食 (国立天文台)
ref. 「金環日食2012」特設サイト (アストロアーツ)
ここでお話したいのは日食の観察の時に気をつけなくちゃいけないことの方です。もう聞き飽きているかもしれませんが、せっかくなので少し違う話をしたいと思います。
日食の解説をしているサイトにも注意事項が沢山乗っていますよね。あれをしちゃダメ、これをしちゃダメ…色々書いてありますが、でもなんでダメなんでしょうか?それは太陽の光と人間の目の性質に深い関係があります。今からするのはそういうお話です。
金環日食と皆既日食
そのまえに、今回おきる金環日食の見え方について少し説明しておきましょう。ご存知の通り日食というのは月が太陽の前を通る現象ですが、金環日食というのは太陽より月の方が微妙に小さい状態のことです。金環日食では太陽は完全には隠れません。太陽観測メガネ越しに見ると、太陽がリング状になります。こんな感じ。
一方で月が太陽を完全に覆い隠すのは皆既日食。2009年に日本の南方でおきたのはこちらです。こんな感じです。
金環日食では太陽が完全には隠れないので、皆既日食の時のように食が最大の時でも周りが暗くなったりはしません。人間の目は明るさに順応するので多分知らなければ外にいても日食がおきていることには気付かないでしょう。太陽の周りを覆うコロナも見えませんし、日食中はずっと太陽観測メガネが必要です。前回、2009年の皆既日食の様子を想像していると、たぶんかなり感じが違います。食が最大になったり、コロナが見えなかったりしても、絶対に観測メガネを外しちゃダメです。
なぜ太陽を直接見てはいけないのか
さて、本題に入りましょう。覚えておいて欲しいことは2つ。太陽を見るときに気をつけなければいけないことは、ほぼ全てこの2つがその理由です。
- 太陽を見るのは虫眼鏡で光を集めるのと同じ
- 太陽は目に見えない光を沢山出している
子供の頃、虫眼鏡で太陽の光を集めて遊んだことがありますよね。黒い紙に光を集めて穴を開けたり燃やしたりしたのを覚えていますか?おおざっぱに言えば太陽を見るというのはあれと同じです。人間の目には水晶体というレンズの役割をする組織があります。人間の目はこの水晶体で目の後ろにある網膜という組織に光を集めることでものを見ています。当然、太陽を見ると水晶体で集められた光が、網膜の上の一点に集まります。小さいとはいえ水晶体は立派なレンズですから、理屈としては虫眼鏡と同じです。
確かに水晶体は小さいですが、太陽の光の強さをバカにしちゃいけません。太陽を直視するとわずか1秒程度でも目の組織が損傷を受けるとも言われています。実際に、日食の観測や宗教的な行事で裸眼で太陽を直視していた人に、視力が低下したり、失明したりという例があるそうです。多くは一時的なものですが、障害が残った例も報告されています1 。
あちこちで太陽を見るな、と言われているのはこういう理由。太陽の光というのはとても強力なんです。
なぜサングラスじゃダメなの?
とはいえ、人間は強い光を見ると苦痛を感じるようにできているので、かなり無理をしないと何秒も太陽を見ていることは出来ません(やっちゃダメですよ)。普通は眩しくてみていられないんですね。
でも、ここに落とし穴があるんです。先ほどの2つ目の理由を思い出してください。実は太陽は赤外線や紫外線といった目に見えない光も沢山出しています。でも、人間が眩しさを感じるのは可視光と呼ばれる目に見える光だけ、赤外線や紫外線はあまり苦痛を感じません。
よく日食の解説に「日食観測は下敷きやサングラスではなく専用の日食観測メガネを使ってください」と書いてあるのはこれが理由です。下敷きや写真のフィルム、煤をつけたガラスなんかは、可視光は遮りますが赤外線や紫外線は通してしまうんです2 。一見暗くなっているので大丈夫そうですが、太陽の光に対してはザルで水を掬うみたいなものです。穴だらけ。
これが可視光ならば眩しくて目を細めたり、目をそらせたり、目の中の虹彩と呼ばれる組織がきゅっと縮まって入ってくる光を最小限にしたりします。でも、赤外線や紫外線はあまり眩しさを感じさせないので、こういう反応が起きにくいんです。逆に、サングラスや下敷きを使うと視界が暗くなって、瞳が大きく開かれ、苦痛を感じない分長く見られてしまいます。
これが大変危険な状態なのは想像がつきますよね。もし指先が苦痛を感じなければ、火を扱うたびに気づかずに大やけどをしてしまうでしょう。大げさにいえばサングラスや下敷きで太陽を見るというのはそういうことです。
ちょっと気をつけた方がいいのはカメラ用の減光フィルター、あれはカメラのフィルムやセンサー用に作られているので結構紫外線や赤外線を通します。専用品だからといって人間の目に適しているとは限りません。フィルターはちゃんと説明書を読んで適した用途のものを使って下さいね。
というわけで、日食を見るときは必ず太陽観測グラスを使ってください。絶対に裸眼で見ないように3
太陽を写真に撮るときの注意
さて、せっかくの機会だから写真に撮って残したい、と思っている人も多いでしょう。でもこれ、目で見る時より気をつけなくちゃいけないことが沢山あります。
もういちど虫眼鏡の実験を思い出してください。レンズが大きければ大きいほどたくさんの光を一点に集めることができます。たとえば人間の瞳のサイズは5mmくらい、カメラのレンズが50mmだとすれば面積はちょうど100倍。これは100倍たくさんの光を集めることができるということです。
今度は比喩ではなく本当に虫眼鏡で光を集めるのとまったく同じ。光が集まった先に何があるのかよく考えてください。
双眼鏡、望遠鏡、一眼レフやコンパクトデジカメのファインダーなどは絶対に覗いてはいけません。裸眼で見るよりずーーーっとずーっと危険です。望遠鏡やカメラの画角は小さいので、ついファインダーを覗きながら探してしまいそうですが、絶対にやめてください。一瞬でもとても危険です。場合によっては眩しいと感じている暇もないかもしれません。
太陽観測メガネをかけていてもダメです。これ、実はものすごく危ないんです。多くの観測メガネの遮光フィルムは熱に弱い樹脂製です。しかも色は黒。おそらくレンズで集められた太陽の光とその熱で簡単に穴が開いてしまいます。そうなったら裸眼で直接レンズを覗きこむのと同じです。絶対やっちゃダメです。
たとえ穴があかないとしても、観測メガネは裸眼でちょうどいいように作られているので、レンズで集められた光に対してはまるで性能が足りません。なにしろ100倍ですからね。
日食グラスをレンズの先にあてがうのもおすすめしません。先程も言ったように、日食グラスはせいぜい直径数ミリの人間の瞳のサイズに合わせたものなのでカメラのレンズ越しでは性能が足りませんし、それに万が一ずれたりしたらとても危険です。
じゃあ直接見なければいいかというと、フィルターを付けずにカメラを太陽に向けると、太陽の光はセンサーやシャッターの上に集まります。当然かなりの高温になりますから精密機器は壊れてしまうかもしれません。望遠鏡でもフィルター無しで長時間太陽に向けていると接眼レンズが壊れてしまうことがあります。太陽の光というのはそれぐらい強いんです。
できれば、カメラで太陽を撮影するためのに専用のフィルターがあるので、それを使うことをおすすめします。もちろん、撮影の際には絶対にファインダーを覗かず、液晶画面で画角を決めてください。先ほどの話を少し思い出して下さい。カメラの減光フィルターの中には赤外線や紫外線を通してしまうものがあります。フィルターをつけているからといって、むやみにファインダーを覗かない方がいいです。
そうそう、太陽にカメラを向けるときは、たとえファインダーから目を外した状態でも裸眼で太陽を見ないように気をつけてくださいね。カメラを覗かずにちゃんと太陽にカメラを向けるのはけっこう難しいです。撮影に慣れた人に聞くと影を使ってカメラの向きを決めるのがコツとのこと。三脚に固定し、レンズをまっすぐ太陽に向けるとレンズの影が本体に落ちなくなります。これを利用してカメラの向きを決めるといいそうです。
太陽の撮影はなかなか大変です。機材も色々いりますし、特別なノウハウやテクニックも必要です。カメラでの撮影は慣れた人に任せるのがいいかもしれません。折角のチャンスですから、太陽観測メガネ越しに自分の目で見るのもいいんじゃないでしょうか。
日食メガネを使ってみましょう
さて、太陽観測メガネはもう手に入れましたか?もし手元にあるならば、本番までしまっておいたりしないで予行演習をしましょう。外に出て掛けてみてください。まずはいきなり太陽を見ないで周りを見てみましょう。ちゃんとしたメガネなら晴れている日に外に出てもほとんどまっ暗で何も見えないはずです。
そりゃそうですよね、あれだけ強い太陽の光を直接見ても大丈夫なくらいまで暗くするフィルタですから、普通の風景はぜんぜん見えません。視界もかなり狭いです。かけたまま移動は出来ませんね。転んだりしたらかなり危なそうです。車道や足場が不安定な場所で見るのは止めたほうがいいかもしれません。屋上なんかで見る人は足元に充分気をつけてくださいね。
さて、ここでちょっと困ったことがあります。実際にやってみれば分かりますが、そのままの状態では太陽がどこにあるかわかりません。だからといってメガネを外して太陽を探しちゃダメです。何度も書いている通り裸眼で太陽を見るのは危険です。じゃあどうすればいいでしょうか?たとえばこういうやり方です。
地面に落ちる自分の影を見て下さい。太陽は影が落ちている方角の真反対にいます。そして、あなたの頭とあなたの頭の影を結ぶ線を延長した先に太陽があります。だいたい位置がわかりましたか?では、足元を見ながら自分の影が自分の真後ろに来るように立ちましょう。太陽は正面にあるはずです。まだ顔を上げちゃダメですよ。下を見たまま観測メガネを付けます。そこから観測メガネをしたまま顔を上げれば太陽が視界に入ってくるはずです。慣れれば簡単ですが、ちょっとコツが要りますね。
そうそう太陽観測メガネといっても遮光は完全じゃありません。あまり長時間連続してみないように、長くても2、3分を目安に目を休ませてあげてください。大丈夫、日食とはいえいきなり欠けたりはしません。1、2分休んでも見た目は殆ど変わらないはずです。
さて、長々と書きましたが、まとめればこういうことです。
- 太陽を見るときは、必ず太陽観測メガネを使ってください
- たとえ太陽観測メガネを付けていても、カメラのファインダーや双眼鏡を覗いたりしないで下さい
- 観測や撮影をするときには、太陽を直接見ないように手順などにも十分注意してください
ここまで読んで下さったのなら、これが当たり前だということはもうお分かりですよね。そして、それにちゃんと理由があることも。理由がわかっていれば、何に気をつければいいかもわかるはずです。色々脅し文句を書きましたが、太陽を見るのはなかなか楽しい体験です。ちゃんと観測メガネの使い方がわかっていれば、さほど危険ではありません。またとない機会です、是非楽しんでください。
そうそう日食メガネは捨てないでくださいね。次の日食は随分先ですが、今年の6月6日には金星が太陽の前を通る日面通過という現象もあります。観測メガネがあれば肉眼でも見えるはずです。時々肉眼で見えるほど大きな黒点が出ることもあります。
そういう特別なイベントじゃなくても、たまにメガネを引っ張り出してぼーっと眺めるのもなかなか楽しいです。あそこに見えているのが地球に一番近い恒星です。とても身近な星ですが、なにしろやたらと明るいので直接見る機会はなかなかありませんからね。
さて、後は当日が晴れるのを祈るだけです。天気がいいといいなあ。
追記
これは太陽に向けた双眼鏡の後ろに紙コップを掲げるデモンストレーションです。この感じだとおそらく樹脂製の観測メガネは一瞬ですね。
こちらは倉敷科学館さん制作のビデオ。観測メガネへのテスト映像もありますが、大きめの望遠鏡での実験とはいえ、予想通りの結果ですね。
追記
どうやら遮光効果が不足している太陽観測メガネが販売されているようです。いまいちど購入した製品が安全なものかどうかをチェックすることをお勧めします。
- 室内の蛍光灯を見て、一見して明るく、形がはっきりと見える製品は避ける
- 透過率は可視光線で0.003%以下、赤外線で3%以下を目安に
- LEDライトなどの強い光にかざした時に、ひび割れや穴が確認できるものは避ける
詳しくは下記のサイトなどを参照して下さい。
ref. 2012年金環日食日本委員会
ref. 日食観察&撮影時に「忘れちゃだめ」なこと。 – Togetter
Reference
- 2012年5月21日 金環日食 (国立天文台)
- 「金環日食2012」特設サイト (アストロアーツ)
- 2012年金環日食日本委員会
- 2012.5.21 金環日食関連情報 (日本眼科学会).
- 5月21日の金環日食に関する要望書について (日本眼科学会)
- その時大丈夫でも数時間から数日たってから症状が出る例もあるので、もし異常を感じたらお医者さんにいってくださいね [↩]
- 昔は太陽観測メガネなんてなかったじゃないか、という方もいらっしゃるかもしれません。おっしゃるとおり、今から思えば随分危ないことをしていたものです。今は日食メガネを使ったほうがいいということで専門家の意見も一致しています。安全に越したことはないですからね [↩]
- ピンホールカメラの原理を利用して壁面に映したり専用の投影板を使う方法もあります。こちらはより安全ですが、ここでは最も普及していると思われる太陽観測メガネを使う時の注意点について説明します。こうした方法については本稿末尾の参考資料などを参照して下さい。 [↩]
いつの間にか「地球外生命体の発見」ということになっていてずいぶん盛り上がったNASAの発表ですが、実際は「リンの代わりにヒ素を使う生物の発見」というものでした。
ref. NASA-Funded Research Discovers Life Built With Toxic Chemical (NASA)
(なーんだ、がっかり…)
いえいえ、これ、本当にすごいことなんです。リンは、生物の体の中で遺伝情報をつかさどるDNA、体を構成するたんぱく質、エネルギーの代謝を行うATPなど、これがなかったら生き物じゃない、みたいな主要な部分に使われている元素です。これがほかの元素に入れ替わっていた、というのは生物の教科書を書き換えなくちゃいけないほどの大ニュース。
これまで地球の生物は炭素、水素、窒素、酸素、硫黄、リンを主要な構成元素とすると考えられてきました(もちろんほかの元素も使われていますが、割合はもっと下がります)。今回、この主要元素のうちリンがヒ素で置き換わっている生物が見つかった、ということになります。 リンとヒ素は性質がとてもよく似ていて、もしかしたらこういう生物がいるかもしれないとはいわれていましたが、本当に見つかったの初めて。
普通に考えれば、じゃあほかの元素だって…ということになりますよね。これが今回の発見の一番すごいところ。生命というものの地平線を一気に広げてしまったんです。生命を形づくる基本元素と思われていたものに、地球上ですら例外がありました。まして地球とは全く異なる環境なら、もっと違う組成を持った生物がいても不思議はありません。
今日、世界中の微生物学者の目が変わりました。たぶん、ここから新しい発見がどんどん出てくるでしょう。これはそういう研究です。
これが、今回見つかった「GFAJ-1」という微生物。発見されたのはカリフォルニア州のモノレイク。こんな場所です。
モノレイクは塩分の濃度が非常に高く、アルカリ性で、ヒ素の濃度も高いことで知られていて、こうした極限環境の生物を研究している研究者にはよく知られた場所。以前にも、この湖でヒ素を光合成の材料に使う生物が見つかったりしています。
今回の研究は、この湖から採取したGFAJ-1を、リンを含まず、ヒ素だけを含む環境で培養してみたら増えた、というもの。リンとヒ素の両方を含む環境の方が増殖が速かったものの、ヒ素を含まない環境ではほとんど増えませんでした。これはGFA-1がリンではなくヒ素を使って増殖しているということを意味しています。実際、GFA-1の体内を調べてみたところ、リンが使われているはずの場所にヒ素が使われていました(ただし、完全にヒ素に入れ替わっているわけではなく、リンも使われていたようです)。
今回の発見は、宇宙生物学の分野だけでなく、生命の起源の議論にも影響を与えるものです。実際、今回の発見をしたFelisa Wolfe-Simonさんは、我々を含むリンを主体とする生物より前に、こうしたヒ素を主体とする生物が生まれていた可能性を指摘しています。
今後、さらに詳しく調査が行われれば、生命の起源の謎がまた一つ解き明かされるかもしれません。
余談
というわけで、予想は悪くない線を行っていましたが、現実の方がさらに予想を上回っていました。Felisa Wolfe-Simon さんの研究からヒ素に注目したのは悪くなかったんですが…
今回、世界中のメディアやブロガーが予想を出していましたが、日本人の宇宙生物学の研究者の方が的中させていました。すごい!
ref. [NASA会見]DNAにヒ素をもつ生物の発見 (むしブロ)
Reference
NASA-Funded Research Discovers Life Built With Toxic Chemical (NASA)
NASAの論文要旨 (日本経済新聞)
Get Your Biology Textbook…and an Eraser! (NASA Astrobiology)
Searching for Alien Life, on Earth (Astrobiology Magazine)
A Bacterium That Can Grow by Using Arsenic Instead of Phosphorus (Science/AAAS )
Arsenic-eating microbe may redefine chemistry of life(Nature News)
砒素で光合成するバクテリア:原始の地球環境を解明する手がかり (WIRED VISION)
[NASA会見]DNAにヒ素をもつ生物の発見 (むしブロ)
2010年9月11日、種子島宇宙センターから、日本初の測位衛星「みちびき」が打ち上げられました。みちびきはGPSを補間する衛星で、現在 数十mの誤差があるGPSの測定精度を1m以下まで高めたり、GPSの影になりやすいビルの間や山間部で位置測定をするための実験などを行います。
みちびきは長時間日本の上空に留まる準天頂軌道と呼ばれる特殊な軌道を描きます。日本の上空を通る準天頂軌道は、ちょうど静止軌道を41度傾けて、ちょっと引き伸ばして、ちょっとずらしたような形。こんな感じです。
赤い線がみちびき、青い線が静止軌道です(この図は模式的なものです。必ずしも正確な形や比率を表してはいません)。
赤道上の静止衛星は23時間56分で地球を一周します。おなじように、みちびきの軌道も23時間56分で一周です。これは、地球が一回自転するのにかかる時間と同じ。このため、静止衛星はあたかも赤道上の一点に留まっているように見えます。では、みちびきはどうなるでしょうか?単純に考えると、南北を23時間56分で往復しそうな気がしますが、そうはなりません。
これがみちびきの一日の動きを地球の表面に描いたもの。みちびきは地図の上で非対称の8の字を描きます。なぜ、こんな形になるんでしょうか?理由は2つ。一つはみちびきの軌道が傾いていること、もう一つは楕円軌道を描いていることです。前者で軌道が8の字になり、後者で8の字が非対称に歪みます。
軌道が8の字を描く理由 – 軌道の傾き
まずは8の字になる理由からいきましょう。みちびきは地球を一周する間に南北を往復しますが、それと同時に東西に自転から遅れたり進んだりします。自転から 遅れる→進む→遅れる→進む→遅れるで23時間56分。これと南北の動きが組み合わさると、きれいな8の字になるんです。ではなぜ衛星が地球の動きから進んだり遅れたりするのか?
話を分かりやすくするために、みちびきが円軌道を描いていることにします。この場合、軌道は静止衛星の軌道を傾けたのと同じ軌道になります。みちびきの通り道を地球に投影するとこんな感じ。先ほどと同じく、赤い円がみちびき、青い円が静止軌道=赤道です。
さて、まず地面の動くスピードを考えます。地球は球をしているので、緯度によって一周するのに必要な距離(=経度の線の長さ)が違います。赤道は一周約4万キロありますが、 日本のあたり、緯度35度付近だと、ぐるりは3万3千キロぐらいしかありません。ということは、地面が1時間あたりに進む距離は赤道から離れれば離れるほど遅くなる、ということです。
次は衛星の動きを考えましょう。赤道を横切る時、経度の線(ここでは赤道です)と衛星の進む角度の差は一番大きくなります。ということは、衛星の東西方向の動きは一番小さくなるということです。逆に衛星の緯度が一番高いところでは、ほとんど赤道と平行に動きますから、衛星の東西の動きは一番大きくなります。
ここまでの話を図にまとめると、こんな感じ。
地表は緯度が高くなるほど遅くなり、衛星は緯度が高くなるほど東西方向の動きが速くなる… さて、2つの動きをあわせてみます。ちょっとややこしいですが、上の絵を見ながら動きを想像してみてください。
赤道上からスタートします。赤道の近くではみちびきは赤道に対して斜めに北へ昇っていきます。このあたりでは衛星より地面の方が早いので、衛星は地面に対して徐々に遅れていきます。
赤道上では、地表の速度は時速1673.6km/h、対するみちびきの東西方向の動きは1183.4km/h。
緯度が高くなるにしたがって地面はどんどん遅くなり、衛星は経度の線と平行に近づいて地面に対してどんどん速くなります。ある時点で、地面より衛星のほうが速くなって、衛星は徐々に遅れを取り戻し始めます。そして最高地点で地表を追い抜きます。
最高地点では、地表の速度は、時速1371.1km/h、対するみちびきは1673.6km/h (この値はみちびきが円軌道を描いていると考えたときの数字であることに注意してください。後述しますが、実際にはもう少し遅くなります)。
さて、今度は衛星は南へと下りながら、さっきとは逆のプロセスを繰り返します。緯度が下がるにしたがって、徐々に衛星の東西方向の動きが遅くなり、逆に地面はどんどん速くなります。やがて地面のほうが速くなり、衛星は地面に対して遅れ始めます。
南半球でも同じことが起こります。南に行くに従って、衛星の東西方向の動きが速く、地面が遅くなります。
これが、「みちびき」の軌道が8の字を描く理由です。ただし、軌道が傾いているだけだと、8の字は赤道をはさんで対象形になります。上で示したような非対称の8の字になるには、もう一つの要素が必要になります。
8の字が歪む理由 – 楕円軌道
さて、もう一度最初にあげたみちびきの軌道を見てください。
実際のみちびきの軌道は赤道をはさんだ対称形ではなく、北の方が小さく南が大きな非対称の8の字になっています。これはどうしてでしょうか?これは、みちびきの軌道が円ではなく、楕円をしていることと関係しています。
楕円軌道を巡る衛星の速度は一定ではありません。中心の星に近いところでは速く、遠いところでは遅くなります。
これは高校の地学の授業を受けた人なら知っているはず。そう、有名なケプラーの第2法則です。言葉で書けば「楕円軌道を描く天体が単位時間当たりに描く扇形の面積は同じ」 というもの。上の図でいえば2つの赤い扇形の面積が同じなら、矢印の長さを通り過ぎる時間も同じ、ということになります。中心の星から離れて扇形が細長くなれば、弧の長さは短くなり、速度は遅くなります。逆に中心の星に近づいて扇形が太くなれば、弧の長さは長くなり、速度は速くなります。
みちびきの場合、なるべく長い時間日本の近くに留まるために、楕円の一番地球から遠くなる部分が一番北に来るようになっています。つまり、地上から見ると北に行くほど衛星の動きが遅く、南にいくほど速くなる、ということです。
さて、これを上の軌道が傾いていることによる効果とあわせて考えてみましょう。さきほど、軌道が斜めになっていることにより、緯度が高くなるほど衛星の東西方向の動きは速く、地表は遅くなると書きました。当然、地表の速さは変わりません。楕円軌道の効果は、北半球では衛星の動きをキャンセルして小さくする方向に、南半球ではより大きくする方向に働きます。
つまり、楕円軌道を描いていることで、8の字の上の丸は小さく、下の丸は大きくなるということです。これがみちびきの軌道があんな形をしている理由です。
これは、東経135.00、北緯36.66の地点、日本の子午線上にある明石市立天文科学館から見たみちびきの軌道。赤いドットはほぼ一定の時間ごとについています。
みちびきの場合は、8の字の上の小さい円を廻るのに約8時間かかります。もし、同じ軌道に3機衛星を置いて順々にこの小さい円に入るようにしてあげれば、 24時間常に少なくとも1機の衛星がこの小さい円の中にいる、という状態を作ることができます。これが準天頂衛星のしくみ。日本の真上には静止衛星を置く ことは出来ませんが(静止衛星を置けるのは赤道の上だけです)、日本の上空に長く留まる衛星を複数上げてあげれば、あたかも一つの衛星がずーっと日本の上空で 円を描いているように見せかけることが出来る、というわけです。
Referance