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トランプ政権発足後1週間でアメリカのサイエンスに起きたこと

最初に断っておいたほうがいいかもしれません。私自身は地球温暖化についてはIPCCと同じ意見です。つまり、地球温暖化はほぼ確実に起きていて、その原因は人為的なものである可能性が高いと考えています。その意味で気候変動に対して否定的なトランプ政権の方針には批判的です。以下の文章は、そういう視点で書かれていることに注意してください。

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さて、トランプ政権の発足前、彼が大統領選に勝利したときから、サイエンスのコミュニティでは彼の科学政策を不安視する声がありました。そのひとつが気候変動の問題です(他にもワクチンの問題などがありますが、まだ噂レベルなので今回は触れません)。トランプ氏は選挙期間中から気候変動問題は存在せず、過剰な環境規制が経済を圧迫していると主張してきました(選挙期間中に「気候変動の話は中国のでっち上げだ」とTwitter でツイートして問題になったのを覚えている人もいるかもしれません)。

しかし、気候変動が起きていることについてはほとんど疑いの余地がないというのが一般的なコンセンサスでしょう。そしてその原因についても人為的な影響がかなり大きいだろうというのが多くの気候学者の共通した意見です。もし、これに真っ向から反対する意見を持った大統領が生まれたら、アメリカの環境政策は、そして気候変動の研究はどうなるのか?また、アメリカの気候変動研究はその規模とクオリティで世界のトップレベルにあります。もし、その研究体制が弱体化することがあれば、世界の気候変動研究に大きな影響が出るかもしれない。これが世界中の気候学者たちが懸念していたことでした。

そんな中、就任前の準備期間中に流れたニュースが関係者を震撼させます。それは米国環境保護局(US Environmental Protection Agency, EPA)の長官にオクラホマ州司法長官のスコット・プルイット(Scott Pruitt)氏を指名するというものでした。米国環境保護局は、環境規制の執行や気候変動に関する研究などを管轄する部局ですが、プルイット氏は、温暖化は排出ガスのせいではないという主張し、当の環境保護局の環境規制に対して、産業活動に対する妨害であるという理由で数多くの訴訟を起こしてきた人物です。つまり、環境規制を行う組織の長官に、環境規制の不要を主張する人物を任命したということになります。

別の見方をすれば、その組織の敵対者をその組織の長に据えることで改革をもたらそうしているともいえるかもしれません。少々荒っぽいですが、それも一つのやり方です。その組織に敵対していた人物なら、その組織の改革すべきところを知り尽くしているでしょう。それを踏まえた上で、その組織がより良い方向へ向かうように改革を行うならば、素晴らしい人事にもなりえます。ただ、もちろんこれは諸刃の剣。毒が強すぎれば、組織そのものの根幹を破壊しかねません。そして、この1週間で起きたことは、その最悪のシナリオを予感させるものでした。

皮切りは、1月20日の政権発足直後にリニューアルされたホワイトハウスのWebサイトから気候変動に関するページがなくなっていたことです(同時にLGBT関するページとスペイン語サイトが消えていました)。通常大統領が変わるとホワイトハウスのWebサイトがリニューアルされます。特に今回は、オバマ政権に批判的な立場として生まれた政権でしたから、前政権の色が消え、新しい政権の方針を打ち出したものにがらっと変わるのは当然と言えるでしょう。その意味で、このWebサイトのリニューアルは、就任演説に続いて新政権の方針を最初に垣間見られるものの一つといえます。そのサイトに気候変動の文字がない(LGBTもスペイン語もない)。これは関係者を不安にさせるのに十分な事実でした。

これとほぼ並行して、小さな事件がSNSの上でも起きていました。就任演説があった20日の金曜日、アメリカ合衆国国立公園局(U.S. National Park Service)のツイッターアカウント(@natlparkservice)が、トランプ大統領とオバマ大統領の就任式の群衆の大きさを比べた写真をリツイート(他のユーザーのポストを引用)し、後にそれを削除、翌土曜日に不適切なリツイートがあったことを謝罪しました。そして、報道によれば国立公園局の上位機関である内務省から「月曜日に新しいガイダンスが出るまで、週末はツイートを控えるように」という通達が出ていたようです。確かに、多分に政治的な意味のある就任演説での群衆の比較写真を国立公園局の公式アカウントがリツイートすることが適切かというと疑問が残ります。しかし、トランプ大統領に反対する人々から見れば、この削除とそれに続く通達は検閲とも取れる内容でした。

そして、明けて月曜日から、そうした嫌な予感が現実のものになったと思わせるようなニュースが次々と流れました。

一つ目は、環境保護局に対して、研究資金援助と新しい契約を即時停止し、Webサイトから気候変動に関するページを削除するように命じたというものです(このWebページの削除については後に一時的に保留されました)。続いて、いずれも気候変動に関わりの深い環境保護局、内務省、保健福祉省、農務省に対して、メディアを含む一般向けの情報提供を一時的に停止するように箝口令を出したというニュース。これに呼応するように、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)は以前から予定されていた気候変動と健康に関するカンファレンスを突然中止します。さらに、今後は環境保護局から発表される科学的な成果やデータについては、政府から出向した職員が事前にチェックするという方針が出されたと報じられました。

当然ながら、気候変動の研究者を中心に大きな批判の声が上がりました。いや、まて、それは検閲じゃないのか?ホワイトハウスは政策に都合の悪い研究を潰し、気候変動に関する情報やデータなどを抹消しようとしているんじゃないか?

そして、この政権の動きに対抗して幾つものプロジェクトが立ち上がります。一つは、Scientists’ March。トランプ政権誕生の翌日、1月21日にワシントンDCを中心に、米国および世界各地で女性の権利を訴えるために行われたウィメンズマーチに習い「科学的な成果やデータを政治的な意向で検閲すべきではない」と訴える研究者とそれに賛同する人々のデモです。もう一つはデータアーカイブプロジェクト。これは、政権によって気候変動のデータが消される前に有志によってアーカイブ化しようというもの。すでに全米各地でイベントが行われ、有志が集まってWebサイトやそこで公開されているデータなどのアーカイビングが行われています。このプロジェクトそのものは政権発足前から動いていましたが、ここに来てさらに大きな脚光を浴び、規模が拡大しています。さらに、キャンセルされたCDC主催のClimate & Health Meetingについては、元合衆国副大統領のアル・ゴアや共同主催者だった公衆衛生協会(APHA)などを中心に有志の手で同様の会合が開かれることになりました。

Scientists’ March on Washington
http://www.scientistsmarchonwashington.com/

PPEH Lab | DATAREFUGE
http://www.ppehlab.org/datarefuge

Climate & Health Meeting
https://www.climaterealityproject.org/health

SNS上でも更に事件が起こります。この箝口令に反対したバッドランズ国立公園管理局(ここは箝口令が敷かれた内務省の下部組織であり、就任演説の日に「間違ったリツイート」をした国立公園局に属します)のツイッターアカウント(@BadlandsNPS)が、猛然と気候変動に関するツイートをはじめました。そしてこれも程なく削除されて「なかったこと」になります。

そして、これがきっかけとなって、箝口令が敷かれた組織に属する”反逆者”たちが政府組織の非公式アカウントを作り、気候変動とトランプ政権に対する批判を怒涛のようにツイートし始めました。彼らが本当に組織に属する人間なのかは確かめようがありません。でも、それらのアカウントは一日で数万というフォロアを獲得し、上のデータのアーカイブプロジェクト、研究者のデモ行進と一体となって一つのムーブメントになりつつあります。

下は、箝口令に反対して立ち上がった主なTwitterアカウントを集めたリストです。彼らのつぶやきを見ると、彼らが何に怒り、何を憂いているのかの一端がわかるかもしれません。

lizard_isana/resist on Twitter
https://twitter.com/lizard_isana/lists/resist

これが、トランプ政権の発足から1週間で米国のサイエンスに起きたことです。

こうやって改めて整理すると、新政権の移行時に、前政権の色を払拭して、新政権のガバナンスを強化しようとして暴走した、とも取れなくはない内容です。でもその一方で、政権の方針に合わない組織に対して、非常に強硬な姿勢を見せたともいえるでしょう。公約を守ろうとしているともいえますが、トランプ大統領に反対する立場からすれば、規制緩和のために都合の悪い気候変動という事実そのものをなかったことにして、関係者を黙らせようとしているように見えます。少なくとも、トランプ新政権は、最初の1週間で気候変動の研究者だけでなく、アメリカ中の(あるいは世界中の)研究者を敵に回しました。

研究者というのは基本的にオープンであることを是とする人たちです。それはサイエンスそのものがオープンであることにその正しさの論拠をおいているからです。論文が公開され、データが公開され、その研究手法が明らかにされて初めて、誰もがその研究の妥当性を評価できます。とくに気候変動の研究は、全世界規模で長期間、広範囲に渡って継続的に取られた様々なデータを突き合わせて、ようやく何かが見えてくるという分野です。その意味では気候学はサイエンスの持つオープンさに支えられているといってもいいでしょう。そういう彼らに対して「口をつぐめ、政府のチェックを受けるまでは研究成果もデータも公開するな」といえば、怒るのは当然です。サイエンスをなんだと思っているのか?

これからどうなるのかは現時点では誰にもわかりません。これが政権移行時の一時的な混乱なのか、あるいは強硬な姿勢をこのまま貫くのか。さらにNASAやNOAAのような他の気候変動を扱う機関へ波及していくのではないかと云う懸念の声も聞こえます(すでにNASAの気候変動部門を縮小して、地球観測はNOAAに集中させるという話も出ています)。いずれにせよ、発足からわずか1週間で、トランプ政権の強硬な姿勢は、アメリカのサイエンスにこれだけの波乱を巻き起こしました。具体的な施策が打ち出されるのはまだこれからです。この混乱はしばらく続くかもしれません。

Reference

Rumours swirl about Trump’s science adviser pick : Nature News & Comment
http://www.nature.com/news/rumours-swirl-about-trump-s-science-adviser-pick-1.21336

Trump’s EPA Pick Doesn’t Agree With 97 Percent Of Climate Scientists | The Huffington Post
http://www.huffingtonpost.com/entry/scott-pruitt-climate-change-hoax_us_587f9ecfe4b0cf0ae88131b6

White House temporarily freezes EPA grants, contracts : Reuters
http://www.reuters.com/article/usa-trump-epa-idUSL1N1FE4O3

‪Trump administration tells EPA to cut climate page from website: sources : Reuters
http://www.reuters.com/article/us-usa-trump-epa-climatechange-idUSKBN15906G

“Rogue” Science Agencies Defy Trump Administration on Twitter – Scientific American
https://www.scientificamerican.com/article/ldquo-rogue-rdquo-science-agencies-defy-trump-administration-on-twitter/

CDC Climate Change and Health Meeting Back On — Without CDC – NBC News
http://www.nbcnews.com/health/health-news/cdc-climate-change-health-meeting-back-without-cdc-n712816

Scientists join massive protest against Trump : Nature News & Comment
http://www.nature.com/news/scientists-join-massive-protest-against-trump-1.21345

はじめに

2000年に「Garbage Collection」「Junkyard Review」という個人サイトを作って10年、気が付いたらサイエンスのことばかり書いていました。最初はただの日記のつもりだったんですが…。結局この10年で、僕はサイエンスファンを名乗るようになり、ただの趣味だったものがいつの間にか科学の本を作ったり(本職は自然科学書の編集者です)、科学に関する文章を書いたり(こちらは副業、某宇宙開発関連機関の子供向けサイトで解説記事を書いたりしています)して生活するようになっていました。びっくり。

いつまでもびっくりしているわけにもいかないので、とりあえず始めてみることにしました。これまでサイエンスニュースを追いかけたり、サイエンスの片隅で仕事をしたりする中で考えてきたことをふまえて、ネットというメディアで何ができるのか、もう一度試してみようというわけです。それが今回あらためて「サイエンス」を看板に掲げたこのブログを立ち上げた理由。

僕がずっと考えていたのは、こんなことです。

サイエンスライティングについて

英語にはサイエンスライティング(Science Writing)という言葉があります。そのまま「科学について書かれたもの」という意味。科学論文以外、新聞や雑誌の記事、ニュース、科学書などの科学に関する文章のこと。広い意味では大学のニュースリリースや博物館などの解説文も含みます。欧米には、”Best Science Writing 2010″なんていうアンソロジーがあったり、優れた作品に毎年賞が贈られたりしていて、かなり一般的な用語です。でも、残念ながら、日本にはこの単語はありません。「科学読み物」が一番近いでしょうか?あるいは「科学解説」とか「科学エッセイ」とか…。あえて言えばこの3つを全て含む言葉なんですが、ぴったりくるものはなかなかありません。

英語圏の新聞や独立系のニュースサイトを見ると、日々すばらしいサイエンスライティングが掲載されています。ただ科学ニュースを紹介するだけでなく、そのニュースを理解するのに必要な周辺情報を押さえ、研究の経緯を紹介し、当事者にインタビューをし、波及する分野に言及し、時にはライターの個人的な意見が掲載されることもあります。何よりそれぞれが「読み物」としてとても完成度が高い。そのトピックを読者に伝えるのに最適な構成、表現、語り口が注意深く選ばれ、読者を楽しませようという意識にあふれています。なんともうらやましい。

でも、我々が普段目にする新聞や雑誌の片隅の科学ニュースは、ただその表面に軽く触れるだけで、その奥にある物語をなかなか教えてくれません。紙面や時間の制限から内容を必要最小限に抑えざるを得ないのは仕方のないことですが、もったいないなあと思うこともしばしば。もう一歩踏み込むだけでとても豊かな世界が広がっているのに、話がその手前で止まってしまう。あああ、そこからが面白いところなのに!

サイエンスの世界は、様々な事象が複雑に絡み合う網の目のような構造をしています。一つの研究は過去の数え切れないほどの発見や研究を下敷きにしていて、沢山の人や技術がそれに関わっています。またその一つの研究結果がさまざまな事象と関連し、さらに他の数多の研究に波及していきます。確かにこれはサイエンスの取っ付きにくさの一因なのかもしれません。でも、サイエンスの面白さは、むしろこの網の目の中にあるんです。

サイエンスの楽しさについて

「理科離れ」や「科学教育」、「サイエンスコミュニケーション」についての会合に顔を出すと、いつもそこで議論されているのは「科学者をどう育てるか」「子供たちをどうやって科学好きにするか」という話です。曰く「国民の科学リテラシーの向上を図るべきだ」、曰く「科学者はもっと情報発信をするべきだ」、曰く「新聞記者は科学的な基礎知識を身につけるべきだ」… もちろん、こういった活動の重要性は重々承知しています(自分もその一端にいるわけですから)。でも一方で、サイエンスの楽しさを伝えるってそんな大げさなことなのかな、とも思うのです。

「サイエンスの楽しさ」には2種類あります。一つは、未知のものと出会い、それを解き明かす楽しさ、探求の喜びです。要するにこれは科学者がやっていること、サイエンスの営みそのものです。もう一つは、そうした「サイエンスの営み」それ自身を楽しむこと。科学者の物語に心を躍らせ、サイエンスの成果に触れて世界観をひっくり返される喜び。これはサイエンスを外から眺めるファンの視点。前者の楽しさを味わうのはなかなか大変です。真面目にやろうと思ったらそれこそたくさん勉強しなくちゃいけません。でも、後者を楽しむのはたぶんそんなに難しいことじゃありません。

サイエンスの世界には、とびきり面白い人たちが沢山いて、面白いエピソードがごろごろしていて、しかもきらきらした未来まであります。もちろん、人のやることですからどろどろした部分もあるでしょう。でも、それを含めてとても魅力的な世界です。サイエンスは外から見ているだけでも充分に楽しいんです。

たぶん、サイエンスの魅力は、その成果が社会に還元されて社会が便利で豊かになることだけではなく、むしろ科学者や技術者たちが目をきらきらさせながら見せてくれるもののほうにあります。毎日のように出てくるニュースリリースや論文の影には、世界の秘密に魅せられ、寝食を忘れてわくわくした人たちがいます。科学者や技術者になるのは大変ですが、彼らのわくわくを分けてもらうのはそんなに難しいことじゃありません。必要なのは想像力と好奇心、そしてほんの少しの知識。そう、知識なんてほんのちょっぴりでいいんです。

彼らが私たちに見せてくれるのは、この世界のありよう。目に見えないものや手の届かないもの、これまで知り得なかったもののこと。ずっと未来のことや、大昔のこと。すごく小さなものや、すごく大きなもののこと。そう、サイエンスは何よりもまず、世界を楽しむための方法なんです。

サイエンスファンとして

編集者やライターである前に、僕はサイエンスのファンです。日々、サイエンスのニュースを追いかけるのが楽しくて仕方がありません。こういうことを書くと怒られるかもしれませんが、個人的には理科離れをどうにかしようとか、状況を打破しなくちゃなんて思いはそんなにないんです(そもそも自分にそんなことができるとは思えませんしね)。ただ、それを抜きにしても「もったいない」と思うんです。こんなに楽しいのに、こんなに美しいのに、なんてもったいない!

そして、できるならば目の前にいるあなたにもファンになって欲しい。同じくサイエンスファンであるあなたには一緒になって楽しんで欲しい。ただ、それだけのことです。いつの間にかサイエンスの片隅で仕事をするようになった一人のサイエンスファンとして、その立ち位置だけは忘れたくないな、と思うのです。

このあいだ、知り合いに誘われてJリーグの試合を見に行きました。実はプロサッカーの試合を生で見るのは初めて、選手の名前はおろか、ルールもよくわかっていません。それでも、僕は充分すぎるほどに楽しみました。それは連れて行ってくださった方々が、折に触れ「あの選手はね…」とか「今からサポーターが面白いことをするよ」と囁いてくれたからです。もちろん彼らはサッカー選手ではありません。でもサッカーの楽しみ方をとてもよく知っていました。初めてスタジアムでサッカーを見て、僕はサッカー選手になりたいとも、そのチームのサポーターになろうとも思いませんでしたが、サッカーが少しだけ好きになりました。少なくとも、もう一度スタジアムに来たいと思うぐらいには。

僕がここでやってみたいのは、たぶん、そういうことです。